

全然更新ができていなくてゴメンナサイ。
実は、夏頃から体調を崩して、心臓病が発覚して入院もしていました。
このブログ、結構、内容が細かいので、ネタは揃っていても書くのが大変なんです(TдT)
そしてまだ、病気から復帰はしていなくて、年明け早々に手術します。。。
という、心臓の病気の間隙を縫って、山梨県は甲府市まで行ってきました( ̄ー ̄)ニヤリ
今年は、自営業もはじめたので、お城に行ったのは、2月の首里城以来かも。。。
それはさておき。
甲府市には、約2つの有名なお城があります。
何故、「約2つ」と書いたかといえば、そのうちの一つは、城であって城でなし。
そんな感じだからです。
その「城であって城でなし」というのは、武田氏館、現在の武田神社、通称・躑躅ヶ崎館です。
武田信虎が築き、戦国最強の武田信玄が産まれ住い、武田勝頼の代までまで使われた武田氏館。
正しくは、その名の通り、武田氏の館ではありますが、その造り(構造)は、城そのもの。
真田丸のヒントにもなったとの説もある?丸馬出も発掘されています。
しかし、人は石垣、人は城と謳った武田信玄ですから、やはり、城ではないのです。
まぁ、攻められもしませんでしたから。
そして、もう一つが、江戸幕府の直轄だった?甲府城。
幕末には、新撰組が騙されて袖にされた甲府城です。
甲府城は、武田氏が滅びてから造られた城で、主に江戸期の城。
武田家滅亡後しばらくは、豊臣秀吉、徳川家康が武田氏館を使っていました。
その武田氏館と甲府城は、一本の道で結ばれています。
実際に歩いてみると、武田氏館が甲府城より高い位置にあり、、、
「引っ越しはさぞかし楽だったろう」とついついいらんことを考えてしまいます。
ただし、武田氏館派の正しい「正面入口」は、現在の武田神社の入り口ではなく、そこから左手に回ったところにあります。
現在は、畑に囲まれ、丸馬出があったところとされています。
ところで、甲府城には、行くのは簡単です。
簡単というか、言ってしまえば、甲府城の中にJR甲府駅がある感じです(笑)
城内を線路が通っちゃった感じです。
まぁ、体を壊している身とすれば、とても行きやすいお城なので、甲府城を選びました(^_^)

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