2015年04月23日

九州最古の近世城郭。黒田官兵衛が築城した中津城を旅する 大分県中津市

中津城-01.JPG

秀吉に天下を取らせた男。黒田官兵衛。
そして、天下を狙った男。黒田官兵衛。
秀吉が薩摩の島津征伐の際に遣わしたのが黒田官兵衛。
九州の平定がなると、豊前中津を官兵衛に与え、
官兵衛が築城したのが中津城です。

秀吉が亡くなると、中央では、家康が天下取りに動き出す。
それを待っていたのが、中津に城を構えた黒田官兵衛。
九州の各大名が、関ヶ原の西軍支援に派兵すると、九州は空になる。
関ヶ原戦の勃発と、九州が空になるタイミングを見計らい、
これまで蓄えた金をすべて遣い、兵を急募し、九州統一、そして天下を目指す。
黒田官兵衛、最初で最後の夢を見た瞬間。
その舞台が、この中津城です。
中津を発進した如水官兵衛は、瞬く間に九州の大半を攻め落とす。
九州全土を手中に収め、関ヶ原戦の勝者と雌雄を決する腹積もり。。。

しかし。
あまりにも呆気なく決着した、徳川家康と石田三成の戦いによって、
九州を手中に収めることができず、夢絶たれる。。。

関ヶ原戦後、如水官兵衛は、博多に領地を与えられた息子・長政とともに、中津を離れる。
その後は、黒田家とは不仲となる細川氏が入城する。
ちなみの話ではあるが、この黒田と細川の不仲が、宮本武蔵と佐々木巌流(小次郎)の決闘の裏にあったとも。

細川氏の後は、小笠原氏、奥平氏と続き、奥平氏の時に明治を迎える。

中津城の展示を見ると、主な展示は、奥平氏のもの。
奥平氏は、家康の長女である亀姫が、奥平信昌に嫁いでおり、家康の血縁にあたる。
奥平氏は、家康の時代から仕えたが、一時、信玄の武田家を経て、徳川に帰参する。
帰参時期は、武田勝頼の代で、これによって、長篠の戦いが勃発する。
この時の鳥居強右衛門のエピソードも、長篠から遠く離れた中津城で展示されている。

一方、黒田官兵衛についての展示は、多くあるものの、どうも、大河ドラマの放送に際して、展示を大幅に増やした模様。
天守とは別館に、官兵衛専用の展示館があります。

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黒田時代と細川時代の石垣の境目。

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黒田官兵衛像

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【中津城天守閣】
■入館料
 大人 400円
 高校生 200円
 小中学生 150円

■開館時間
 9時〜17時

■休館日
 なし

■TEL
 0979-22-3651

【周辺情報】
■奥平神社(城内)
■中津大神宮(城内)
■城井神社(城内)
 反乱を起こし黒田氏に討たれた宇都宮(城井)鎮房を祀る。
■金比羅宮(城内)
■中津神社(城内)
■蓬莱園(TEL0979-22-0538)
■中津市木村記念美術館(TEL0979-22-7767)
■自性寺大雅堂(TEL0979-22-4317)
■村上医家史料館(TEL0979-23-5120)
■中津市歴史民俗資料館(TEL0979-23-8615)
■大江医家史料館(TEL0979-22-0049)
■福沢諭吉旧居(中津藩出身、TEL0979-25-0063)

【名物】
■温泉
■鱧
■からあげ

【交通】
JR中津駅より北西方向。徒歩約1.5キロ
自動車なら、県道23号線より県道530号線に入り、中津川沿い。


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posted by 三度笠 at 23:29| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月13日

九州の天空の城・岡城を旅する。 大分県竹田市

岡城02.JPG

大分県にある岡城(竹田城、牛臥城とも)。
成り立ちは諸説ありますが、
緒方惟栄が、兄・源頼朝と仲違いした、源義経を迎えるために築いたとも。
ただ、その前に捕らえられて、今の群馬県沼田に流されてとも言われ、真偽の程は不明。
※ちなみに群馬県沼田といえば、戦国末期には、真田昌幸の所領。

もしも、義経が岡城に来ていたら、歴史が変わっていたかもしれないとも思える堅城です。
もちろん、当時は、現在のような高い石垣はありませんが、そもそもが、大きな岩の上の城です。

そう思わせる証拠は戦国時代に。

戦国期には、大友家の配下にあり、志賀氏が守備した。
島津氏と争った大友家は、各地で敗戦を重ねる。
特に両輪であった、立花道雪、高橋紹運を失うと、踏ん張りが効かなくなった。
岡城を守備する志賀親次は、わずか18歳であったが、再三、島津氏の大群に襲われても持ちこたえ、豊臣秀吉の援軍を豊後に迎えた。

志賀氏の岡城は、文禄の役で、大友義統が失態を犯すまで続いた。

続いて岡城を領したのは、秀吉の天下取りに貢献した中川清秀の次男・中川秀成で、この中川氏が幕末まで岡城で続いた。

関ヶ原の際には、九州では少ない東軍につき、九州での軍功もあげた。

しかしながら、現代で、もっとも有名なのは、なんといっても、この岡城を題材にした歌です。
瀧廉太郎の「荒城の月」がそれです。
瀧廉太郎は、幼少時代を、竹田市で過ごしたという。

なので、城内には、神社以外の建物や、武将の銅像はありませんが、瀧廉太郎の銅像はありますw

また、この竹田の地は、江戸期でさえ、キリシタンに寛大な地だったといい、他国では「隠れキリシタン」がいたとされますが、竹田では、藩自体がキリシタンを隠していたといい「隠しキリシタン」というそうです。

この岡城を訪れた印象ですが、
石垣と、芝と、樹木で構成された岩の上の、この天空の城は、
時折、ヨーロッパの廃城にいるのではないかと錯覚することがあります。

尚、城内は、かなり広大です。
くまなく見ると、2時間ぐらい掛かりますので、そのつもりで。

岡城01.JPG駐車場を降りて、入場料を払い、城址へ。
この風景から、巨大な岩の上にお過剰ができていることがわかる。

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岡城04.JPG階段を登る。この先が本格的な城址。大手門までの高さがわかる。

岡城05.JPGこの先が大手門。


岡城07.JPG大手門を抜けて、振り返って。人がいます。石垣の大きさがわかります。
あ、この人、オカンです(^^ゞ


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岡城08.JPG登城したのは、ギリギリ桜(とはいえ、八重や枝垂れ)の季節でした。
ちなみに、関東では、染井吉野が満開の時期。

岡城09.JPG見下ろした風景。この高さから、防御力の高さが伺えます。

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岡城11.JPG石垣を食む大木の根。まるで天空の城ラピュタ!

岡城12.JPGこの風景に、ヨーロッパのお城ではないかと錯覚を覚える。

岡城13.JPG荒城の月。花の宴。

岡城14.JPG三之丸、二之丸、本丸へ。
この時は、少々破損していたようです。
それにしても、この石垣と、谷底。スゴイお城です。

岡城15.JPG三之丸、二之丸、本丸への門跡。

岡城16.JPG本丸付近から、西之丸方面の遠望。お城の壮大さがわかる。

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岡城18.JPG二之丸付近は、発掘調査中でした。

岡城19.JPG二之丸、三の丸。

岡城20.JPG二之丸。瀧廉太郎像。ここまで辿り着くのに結構時間がかかりますw


岡城21.JPG瀧廉太郎の視線w
こりゃ、攻め上ることはできません。
幼少の瀧廉太郎少年は、ここでよく遊んでいたとか。

岡城22.JPG本丸跡。岡城天満神社と説明書きがあります。

岡城23.JPG入場券を購入すると貰えるパンフレットは、なんと巻物でござる。ニンニン♪


【入場料】
300円

【駐車料金】
無料

【資料館】
なし

【周辺施設】
竹田歴宝美術館
切支丹洞窟礼拝堂跡
高千穂(50キロ先)

【交通】
豊後竹田駅から東に約1キロ。
自動車だと、国道502号線岡城バイパス近く。







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posted by 三度笠 at 22:54| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

本日の登城! 大分・杵築城・中津城・臼杵城

本日の登城です(((o(*゚▽゚*)o)))

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大分県に来ています(^_^)
本日は、杵築城→中津城→臼杵城に行ってきました!
後日アップします♪

ちなみに、初大分です♪

明日は、本日真夏日を記録した、
宮崎県に向かいます(^_^)

あ。臼杵城は、スマホで、写真撮るの忘れました(^^ゞ
デジカメでは、バシャバシャ撮ってます(^_^)

posted by 三度笠 at 22:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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