2015年06月29日

教科書にも出てくるキリシタン大大名・大友宗麟の居城・臼杵城を旅する 大分県臼杵市

臼杵城01.JPG

臼杵城の始まりは、諸説あるようですが、1556年に大友宗麟が築城し、居城を移したことが始まりという説が有力です。
現在は、周囲が埋め立てられていますが、元々は、海に浮かぶ断崖絶壁の島に造られた海城。
その様子が見られないのは、城マニアとしては、ちょっと、寂しい。。。

北進に勢いを得た島津氏が、凋落が始まった宗麟の大友氏との戦いの中、大軍を持って押し寄せるも、その防御力と、ポルトガルから得た大砲・国崩の威力で撃退させた歴史があります。

江戸期にも稲葉家のもとで存続し、幕末まで続いていきます。

臼杵城02.JPG臼杵城の入り口。宗麟時代は、海城のため、堀はなかったのではないかと思われる。


臼杵城03.JPG


臼杵城04.JPG


臼杵城05.JPG手前の岩を見ると、断崖絶壁の孤島だったことが伺える。


臼杵城06.JPG臼杵城を登る。スミマセン。登ったところで元きた道を撮ってます。


臼杵城06-A.JPG奥に現存建築の畳櫓が見える。登城の途中にある。


臼杵城07.JPG復元された二之丸大手門。


臼杵城08.JPG大友宗麟のレリーフ。


臼杵城09.JPG


臼杵城10.JPG写真の奥に見えるのが天守台。


臼杵城11.JPG
本丸空堀。


臼杵城12.JPG
本丸へ。現在の本丸は、広場になっていて、この日は屋台がいっぱい♪

臼杵城13.JPG
城内にある臼杵護国神社。

臼杵城14.JPG
本丸付近から、城下を見下ろす。宗麟時代は、もちろん海かな。

臼杵城15.JPG


臼杵城16.JPG
卯寅口門脇櫓(現存建築)。

臼杵城17.JPG
臼杵城桜まつりの様子。迫力の鉄砲隊!

臼杵城18.JPG
国崩もドーーーン!!!
ある時、国崩の試し打ちを臼杵城の向かいにある山に行うと、寺の庭の大木に当たり破壊。
数名が下敷きになって亡くなったとか。そんな解説がありました。


【料金】
無料


【名物】
関サバ、関アジ、他海産物
茶台寿司
だんご汁
きらすまめし
黄飯


【祭り】
臼杵城さくらまつり(3月下旬から4月上旬)
臼杵祇園祭(7月中旬)
臼杵石仏火まつり(8月最終土曜日)
福良天満宮夏まつり(7月下旬)
赤猫まつり(4月下旬〜5月上旬)
吉四六まつり(4月上旬)
うすき竹宵(11月上旬)


【周辺情報】
臼杵石仏(国宝)
旧臼杵藩主稲葉家下屋敷


【交通】
JR臼杵駅より県道33号線を北へ約500メートル。
東九州自動車道・臼杵ICから国道502号線を北東方面へ土橋交差点から県道33号線を川沿いに進み中須賀橋東信号を右に約200メートル。


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posted by 三度笠 at 19:15| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

幕末最終戦、箱館戦争の舞台になった五稜郭をたびする 北海道函館市

五稜郭01.jpg

五稜郭。
てっきりお城だと思ってました。
実際のところは、要塞化させた箱館奉行所です。
幕末に、ロシアを警戒した幕府が、元々函館山の麓にあった箱館奉行所を、当時の砲弾の射程距離を計算し、海からの砲撃が届かない内陸に移動させ、周りを要塞化させたのが、五稜郭の始まり。

徳川慶喜が大政奉還し、70万石に減らされた徳川家の家臣が浪人となって、咸臨丸など数隻の船と榎本武揚とともに江戸を脱出(旧幕府脱走軍)。
北上しながら、各地を転戦し敗戦を繰り返しながら、北海道に辿り着き、五稜郭を奪い、松前城を奪い、しながら北海道全土を奪取。
そして、榎本武揚を中心とした独立国を宣言。
その中心を五稜郭に置く。

これが箱館戦争のことの起こり。

ところが、すぐさま、新政府軍が北海道の奪還を開始。

松前城などを奪還され、旧幕府脱走軍は、たちまち、函館に追い詰められる。

函館に作った陣や台場が徐々に奪われると、その中で、新撰組・土方歳三も戦士。

旧幕府脱走軍は、最後の抵抗を試みるも、五稜郭造営当時の射程距離は既に過去の物。
わずか5年程で、船からの射程距離は数倍。
五稜郭で用意されていた砲弾のは敵船には届かず、船からの砲弾は次々に破壊するという一方的な状況に陥る。
これにより、旧幕府脱走軍は降伏し、箱館戦争は終結する。


五稜郭は、西洋式の築城方法に倣って造営されたというが、その築城方法は、1600年代のもので、果たして、それから250年ほど経った当時、どれほどの防御力だったかは、疑問を持つ。

しかも、箱館奉行所は、ほぼ木造平屋に太鼓櫓を持たせただけのもの。
五稜郭に他にどのような櫓等があったかは不明。

五稜郭を歩いてみると、尚のこと、防御力に疑問を持つ。
堀は浅く狭く、石垣、土塁は低く、高所がない。

五稜郭が参考にした築城方法は、思うに平地しかないところに、城塞都市を作るときの方法で、函館には函館山があるのだから、函館山を要塞化するべきだったのではないかと、思わざるを得ない。

実際のところ、箱館戦争後の五稜郭は、戦闘に使われることはなく、お堀で氷を作り名物になった。

逆に函館山は、太平洋戦争では、旧日本軍の砲台を置かれるなど要塞化された。

本来であれば、五稜郭は、五稜郭ではなく、星型の三角の部分(稜)が何重にも作られてこそ、防御力が上がった。
何故、一重の星型だけで終わったのかは不明だが、予算の都合か、時間が許さなかったか、はたまた見込み違いか。。。

辛辣な言い方をすれば、五稜郭のあの姿は、綺麗な公園で、防御力を際立たせた無敵の要塞という感じは、まったくない。

あれならば、主要部分を、トリックを使ってでも隠すような、日本旧来の築城技術を昇華させた方が、籠城に耐えうる、強固な要塞になったのではないかと想像する。

もっと言えば、ただ単に、西洋から入ってきた築城技術を使って作ってみたかっただけではないかという思いに辿り着く。

そもそも、星型をなぞるように歩いてみた距離が、2キロほどの五稜郭では、城塞都市用のデザインと考えた場合、あまりに小さく感じる。

付け加えると、ある星型の先端から、隣の先端が責められたいたら支援するというデザイン。
あの規模だと、支援するつもりの砲弾が、逆に石垣を破壊しかねないのではないかと思わざるをえない。

尚、長野県に龍岡城というお城がある。
別名を龍岡五稜郭といい、五稜郭造営前のプロトタイプだ。
現在は、星型が半分残り、敷地内は小学校になっている。

五稜郭02.jpg五稜郭に着いたら、まず、五稜郭タワーへ。
最初の写真は、五稜郭タワーからの撮影。
展望塔兼資料館。濃厚な牛乳や、ソフトクリームのお店もあります。

五稜郭03.jpg五稜郭タワー内の五稜郭の模型。他にも五稜郭の歴史が学べる。

五稜郭04.jpg
五稜郭05.jpg
五稜郭06.jpg
五稜郭07.jpg五稜郭の石垣。他の日本のお城と異なるのは、最上部の出っ張り。

五稜郭08.jpgお城ではなく、奉行所です。

五稜郭09.jpg木造で再建された、箱館奉行所。奉行所なので、御殿でもなく、天守でもなく。
中央で突出しているのが、太鼓櫓。別棟ではありません。

五稜郭10.jpg箱館奉行所を斜めから。後ろの方は、完全に平屋の趣。

五稜郭11.jpg箱館奉行所前の土塁の名残。

五稜郭12.jpg石垣+土塁を内側から見た様子。このように、登れる土塁石垣は、かなり多いです。

五稜郭13.jpg
五稜郭14.jpg五稜郭の外周を回る。特出して広い堀でも、高い石垣でもない。

五稜郭15.jpg戦闘時には、土塁に砲台にしていたのではないかと思われる。

五稜郭16.jpg
五稜郭17.jpgこの日は、天候が悪く、写真が残念(ノД`)シクシク


【入館料・開館時間】
■五稜郭タワー・展望料金
4月21日〜10月20日 8:00〜19:00
10月21日〜4月20日 9:00〜18:00
大 人 840円(団体760円)
中高生 630円(団体570円)
小学生 420円(団体380円)
※年中無休
※小学生未満無料

■箱館奉行所
4月〜10月 9:00〜18:00
11月〜3月 9:00〜17:00
大人 500円(団体400円)
学生 250円(団体200円)※学生・生徒・児童
※小学生未満及び障害者無料。65歳以上半額。

【祭り】
五稜郭祭り 5月第三日曜日

【周辺情報】
五稜郭
函館山と函館の夜景
函館朝市
函館ベイエリア
函館元町エリア

【名物】
函館ラーメン
函館朝市(海鮮がオススメです)
ラッキーピエロ(函館のみのハンバーガーチェーン)
※五稜郭タワーの前に店舗あり。

【交通】
市電「五稜郭公園前」から道道83号線を北へ徒歩約15分
函館バス「五稜郭公園入口」から北東へ五稜郭タワーを目印に徒歩約7分

自動車
JR函館駅から国道5号線を北へ、万代こ線橋信号を右(東)へ、道道571号線を約1キロ進むと市電「五稜郭公園前」を目安に再び北へ約1キロ。
※駐車場がないので、道立美術館の駐車場を利用がオススメ

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posted by 三度笠 at 12:41| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

北海道唯一の日本城郭 松前城を旅する 北海道松前郡松前町

松前城01.jpg


江戸期の食文化を支え、今に伝えた北前船。
その北前船の発着地点だったのが松前です。

後の大名・松前氏の前身となったのは、青森に拠点があった蠣崎氏で、蠣崎が反乱に失敗し逃げついた地が、今の松前です。
その蠣崎氏、三度笠が戦国時代、武将、お城が好きになったキッカケとなった戦国ゲームの草分けになったゲームの説明には、戦国時代にも関わらず、「アイヌとの抗争に、、、」とだけ書いてありました(笑)

蠣崎氏は、他の東北の大名と同様に、秀吉の小田原攻めに参陣して、本領を安堵されました。
ただし、当時の北海道では米が取れず、石高で評価された当時としては、石高0。
その為、大名ではなく、島主という扱いでした。
恐らく、豊臣政権では、北海道の大きさを把握していなかったのでしょう。
その後、仮に1万石として大名となったのは、江戸時代になってからのこと。

その前のこと。
秀吉が没すると、当時、豊臣政権内で五大老だった、徳川家康(前姓は松平)から1文字、前田利家から1文字取って、松前と改姓。
まるで、秀吉が、羽柴性を名乗った時に、丹羽と柴田から1文字取ったのと同じで、ちょっと、笑っちゃいます。

さて、松前氏の領地として継続した松前の地は、江戸期の文化が花ひらくと、北前船で栄えます。
その名残は、少し残っています。


松前城16.jpg
道の駅・北前船松前の海に残る北前船の港跡。

松前城17.jpg道の駅・北前船松前にある模型。


北前船は、北海道の豊かな海の幸を日本海経由で各地に届ける代わりに、都の文化を松前に届けます。
京都の昆布だしの文化を支えたのは、羅臼などの北海道の昆布であり、焼き物の文化がなかった松前に焼き物の食器などを届けたのは北前船です。
ちなみに、松前と現在の青森との交易は、なんと、縄文時代からあったそうです。

松前には、もう一つの顔があります。
それは、対ロシア対策。
本来であれば、天守を作ることが許されない松前城には、質素ながら天守があります。
松前が、対ロシア防衛の拠点であったためで、7箇所の台場が作られています。

松前城11.jpg
この東屋が立っている部分は台場跡。

松前城12.jpg
松前城天守の外にある松前城模型。
手前の緑色の土塁に台場が並んでいるのが分かる。


ロシアを脅威に感じた幕府は、松前を没収。幕府直轄の防衛拠点にするという目的。
大名家としての松前家はなくなってしまいますが、北前の商人の尽力で、間もなく大名として復帰します。
ま、三度笠思うに、繁盛した松前を、長崎のように直轄地にして儲けちゃおう!って気持ちがあったような気がするけど。。。

これは、黒船来航よりも以前の話で、黒船来航で慌てたのは、浦賀や江戸周辺の市民だけで、実は、幕府は既に外国の脅威を知ってた証拠です。

徳川幕府は、1860年台になると、北海道の振興拠点だった函館奉行所を、函館山から五稜郭に移します。
徳川幕府が大政奉還すると旧徳川家臣の失業者が続出し、箱館戦争が勃発します。
その時、旧幕府脱走軍は、函館占領後、松前に進行し、松前城を奪い取ります。
結局は、新政府軍によって、すぐに奪還されるわけですが、その後の松前氏の動向は分かりません。
ただ、箱館戦争が終結すると、間もなく廃藩置県になるので、復帰していたとしても、ごく僅かな期間のこと。

松前城02.jpg
本丸御門(重要文化財)と天守。

松前城03.jpg

松前城04.jpg
松前城は、別名・福山城。検索は、松前城で。

松前城05.jpg
シャチホコと、銅板瓦の屋根。焼き物の瓦は寒さに弱いのです。

松前城06.jpg
搦手二ノ門・裏

松前城07.jpg
搦手二ノ門・表

松前城08.jpg

松前城09.jpg

松前城10.jpg

松前城13.jpg
天守内の展示。松前氏の家紋は武田菱。
中国地方の武田氏の筋とされる。信玄の甲斐武田氏とは遠くで繋がりがあるとも。

松前城14.jpg

松前城15.jpg
展示は、松前氏とアイヌの両方があり、土地柄が分かる。

【開館時間】
午前9時〜午後5時(期間4月10日〜12月10日)

【入館料】
大人360円 子供240円
団体の場合 大人290円 子供190円

【問い合わせ】
松前観光協会 TEL 0139-42-2726
松前町役場証拠観光課 TEL 0139-42-2275
松前観光案内所 TEL 0139-42-3868

【ご当地キャラ】
大漁くん

【周辺情報】
松前城資料館
松前藩屋敷
松前城郷土資料館
道の駅・北前船松前
寺町(法華寺、正行寺、専念寺)
松前神社(松前城御殿跡隣接)
桜(250種10000本)
※松前城お呼び寺町等周辺

函館方面から来た場合
・知内町(道の駅あり、北島三郎出身地)
・福島町
 青函トンネル記念館
 横綱千代の富士・千代の山記念館
・木古内町
 木古内駅(青函トンネルの北海道川の出入口)
 咸臨丸撃沈の地

【名物】
松前漬け
松前本マグロ
スルメイカ・ヤリイカ
天然岩海苔

【祭り】
松前城下時代まつり(8月13〜15日)

【交通】
自動車 函館から228号線を南下、約100キロ2時間〜2時間半。
バス 函館から約3時間
電車+バス JR木古内駅からバスで約1時間40分


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目次 北海道


函館、松前へは、やっぱり、飛行機がお得で便利です!
posted by 三度笠 at 10:16| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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