2015年09月27日

キリシタン大名・大村氏が築いた玖島城を旅する 長崎県大村市

玖島城01.JPG

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玖島城は、大村城ともいい、1599年大村喜前によって築城されました。
大村喜前の父は大村純忠で、大村純忠は、長崎を開いたことでも知られる武将です。
大村純忠によって、小さな漁村だった長崎は、大きく歴史を変えたともいえます。
大村純忠によって貿易港となり、江戸期には出島が造られ幕府のオランダ貿易の拠点に。反面、キリシタン弾圧の大きな舞台にもなりました。
更に幕末には、坂本龍馬など、幕末の志士が多く訪れ、倒幕の拠点になります。
明治期には、元土佐藩士・岩崎弥太郎により、三菱の拠点になり、一大産業地になりますが、それが引き金を引いて、原爆の悲劇が起こってしまいます。
長崎を思う時、大村純忠が長崎を開かなければと、、、少し考えてしまいます。。。

そんなお殿様の街である大村は、天正少年使節の街でもあります。
大村純忠、豊後の大友宗麟、島原の有馬春信の名代として、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの4人の少年がヨーロッパを巡りました。

玖島城の成り立ちも海外の影響を受けています。
築城した大村喜前は、秀吉の死後の天下の乱れを予期して、玖島城を築城。
築城の際、玖島の地を選んだのは、朝鮮の役での教訓を活かし、三方を海に囲まれていたため。
玖島城には天守は建設されず、本丸には、御殿だけが建てられました。
関ヶ原の騒乱を乗り越えた玖島城は、大村家の元、幕末まで続きました。
明治期に廃城となり、櫓等は破却。本丸には、大村氏を祀る大村神社が建てられ現在に至ります。


玖島城02.JPG城内で唯一再建された板敷櫓。


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玖島城05.JPG「玖島城」の文字は、城内(大村公園)に入らないと見られない。


玖島城06.JPG石垣と大村神社の鳥居。


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玖島城13.JPG本丸内に建てられた大村神社。


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【入城料】
無料



【関連人物】
大村喜前
大村純忠
千々石ミゲル
天正遣欧使節



【名物】
大村ずし(城内でも販売)
にごみ

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【周辺情報】
大村神社(城内)
ボートレース大村(隣接)
御船蔵
新蔵波止
船役所跡
本経寺(大村藩主墓所)
三城城跡(大村純忠時代の根拠地)
長崎空港



【交通】
大村駅から県道17号線を西へ。国道34号線を南下して約1キロ。路線バスあり。

長崎空港から国道34号線へ出て南下。長崎空港から約5キロ。路線バスあり。

長崎自動車道大村ICから国道444号線に出て約1キロ。国道34号線を出て南下して約3キロ。

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国道34号線を南下すると右側に「大村公園」が見える。ここが入口。



[ここに地図が表示されます]



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posted by 三度笠 at 10:55| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

弘前城天守、移動中!

弘前城-01.JPG
この風景は、10年間見られない予定です。

弘前城です。
今年の8月から、天守の移動作業が始まっています。
上の写真で、2面見えている石垣の修復工事のため、
この上に建っている天守の移動作業をしています。

この作業を「曳屋」というそうです。
天守を解体せずに移動するという作業は、大変珍しいそうです。
天守下の石垣を修復しないと、崩壊の恐れがあるためだそうです。
すべての作業を終え、天守を元の位置に戻すまでに10年掛かる予定だそうです。
少しでも作業を早く終えられるよう、弘前市では引き続き模索していくとのことです。
移動中の天守は、もうしばらくした後に、仮の天守台に乗せられるようです。

昨日のNHK「おはよう日本」によると、先日、一般の方が天守を引っ張るイベントがあったそうです!

元々の位置に戻るまで10年。
しかし、城好きとしては、その10年間しか見られない移動した天守も見たいかなと思います。

ただ、いかんせん遠いので、今後10年以内に行けるかどうかは微妙だなぁ。。。

上の写真は、去年の11月。
天守が冬季の閉館する直前に訪れた時の天守の様子です。
標準配置を抑えておきました(^_^)






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posted by 三度笠 at 18:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

歴史の分岐点に立ち会った大垣城を旅する 岐阜県大垣市

大垣城01.JPG


JR大垣駅南口を出て接続する商店街の道を真っ直ぐ500メートル進むと、ふと案内の石碑があります。
商店と商店の間の道をふと覗くと大垣城の門が見えます。
この門をくぐると、すぐに天守へと繋がります。

大垣城02.JPG


大垣城03.JPG

今は、ひっそりとして、商店街の裏手にある古城公園のような佇まいですが、歴史の大きな転換点を担った城のひとつでした。

舞台は関ヶ原の戦い。
大垣城は、西軍の拠点としての役割を得ました。
もしも、籠城となった場合は、大垣城に籠ったかも知れません。

大垣城の始まりは、1535年に宮川安定の築城により、以後、信長の父・信秀、美濃の斎藤氏、織田信長と奪い合いをし、その後も城主は目まぐるしくかわった。

1586年の地震で被災し全壊。
城主だった一柳氏によって修復され、この時、天守が造られた。
関ヶ原戦当時の城主の伊藤氏が西軍についたため西軍の拠点となったが、関ヶ原戦直後、包囲され落城。
江戸時代には入り、石川氏、戸田氏が城主になり明治まで続いた。

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天守に入ると、武器を触ることができる。

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弓も体験できます!

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槍も。お子様には特にオススメ♪

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現在は、石垣もすくなく、堀はない。

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裏手に回ったところ。


【入館料】
一般 100円
高校生以下無料


【開館時間】
午前9時〜午後5時
※休館日 毎週火曜日、祝日の翌日


【関連人物】
石田三成
大谷吉継
織田信長
織田信秀
斎藤義龍
豊臣秀吉
池田恒興
池田輝政
宮川安定
氏家元直
一柳直末
伊藤祐盛
伊藤盛宗


【名物】
水まんじゅう
大垣駅から大垣城の途中にある金蝶製菓総本家のいちご大福は絶品です!


【祭り】
大垣まつり(5月中旬)


【周辺情報】
円通寺(戸田氏菩提寺)
全昌寺
守屋多々志
美濃路大垣宿本陣跡
住吉燈台と船町港跡
名水大手いこ井の泉
※大垣は名水の町です!

大垣城19.JPG
※街を流れる川の水は透明度が高く、鯉が草原の上に浮いているよう。


【交通】
JR大垣駅南口を出て、南へ約500メートル。右折し商店と商店の間の道を抜けたところ。

東海環状自動車道大垣西ICを降りて県道50号線を約1キロ南下。
県道31号線へ左折。県道31号線を3キロほど進み県道57号線へ左折。
500メートルほど北上し左。


[ここに地図が表示されます]



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posted by 三度笠 at 19:29| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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