2015年11月30日

歴史を変えた運命の二人が出会った勝龍寺城を旅する 京都府長岡京市

勝龍寺城01.JPG


南北朝の戦いの時期に造られ、歴史の転換期に立ち会った勝龍寺城。
この城は、細川忠興のもとに明智玉、後の細川ガラシャが輿入れしてきたお城でもあります。

戦国時代、織田信長は、この地で三好三人衆と戦い勝利し、畿内から三好三人衆を追い出す切っ掛けを作りました。
それから3年後、勝龍寺城は、細川藤孝に与えられます。
細川藤孝が、勝龍寺城を拠点としていた時に、藤孝の盟友であった明智光秀の三女・明智玉が、細川藤孝の嫡子・忠興のもとに嫁いできます。
年数を経ずして、丹後を制圧した藤孝は、丹後へ転封されます。

織田信長が本能寺の変で倒れると、首謀者・明智光秀は勝龍寺城を手中に収めます。
しかし、過去に勝龍寺城を納めていた明智光秀の盟友・細川藤孝と三女の夫・忠興は光秀には与力しません。

明智光秀が勝龍寺城を拠点とした時、羽柴秀吉は中国大返しを敢行。
秀吉の急襲に、光秀は応戦。山崎の戦い(天王山の戦い)です。
この戦いで、光秀軍は総崩れとなり、敗軍の将となった光秀が琵琶湖畔の坂本城に戻ろうとした途中、光秀は落命します。

勝龍寺城は、江戸時代に入るまで、なんとか保たれますが、1633年に廃城となります。

その前、関ヶ原の戦いの直前。
西軍の首謀者・石田三成は、各大名の妻を人質に取ろうとします。
各大名は、そうはさせじと様々な手を打ちます。
細川ガラシャとなった玉にも、三成の手が伸びます。
人質になって、細川家の迷惑になってはいけないと、ガラシャは自刃。
このことが切っ掛けになって、人質作戦を取ろうとした石田三成への反感は増大。
三成は、人質作戦を断念せざるを得なくなりましたが、「三成憎し」の感情は収まることなく、三成からの離反は跡を絶たなくなり、関ヶ原の戦いでは、西軍の裏切りは連鎖し、総勢20万とも言われる天下分け目の戦いは、たった1日で決着することになります。
勝利を得た、東軍の首謀者・徳川家康は、3年後、征夷大将軍となり江戸幕府開府し、豊臣家を凌駕。
更に、12年後に、江戸幕府により豊臣家は滅亡してしまいます。

細川藤孝が、治めた勝龍寺城。
その時代に出会った、細川忠興とガラシャ。
この運命の2人の出会いが、長い戦国時代の結果を導き出したとも言えるのではないのでしょうか?


勝龍寺城02.JPG


勝龍寺城03.JPG


勝龍寺城04.JPG細川忠興・細川玉(ガラシャ)像


株式会社パム


勝龍寺城05.JPG


勝龍寺城06.JPG


勝龍寺城07.JPG


【入館料】
無料



【開館時間】
4月〜10月 午前9時〜午後6時。
11月〜3月 午前9時〜午後5時。



【関連人物】
細川藤孝
細川忠興
細川ガラシャ(明智玉)
明智光秀
豊臣秀吉(羽柴秀吉)
織田信長
石成友通(岩成友通)※三好三人衆



【名物】
タケノコ(錦水亭はタケノコ料理のお店です)



【祭り】
長岡京ガラシャ祭り(10月下旬〜11月上旬)



【周辺情報】
勝竜寺
光明寺
長岡天満宮
八条ヶ池
錦水亭(鬼平犯科帳などの時代劇で出てくる水上の料亭)
恵解山古墳



【交通】
JR長岡京駅東口から南へゆっくり歩いて10分くらい。

JR長岡京駅から阪急バス「勝竜寺城公園前」下車。

名神高速道路・大山崎ICを出て、国道171号線に入り東北方面へ約400メートル。
小畑川を越えてすぐに左折し、府道211号線に入る。
そのまま府道211号線を走ると再び小畑川を渡り、
府道211号線のまま「ガラシャ通り」に入り約200メートル。


[ここに地図が表示されます]


株式会社パム


posted by 三度笠 at 19:37| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

加藤清正が造り、西郷隆盛が証明させられた、名城・熊本城を旅する 熊本県熊本市

熊本城01.JPG


関ヶ原の戦いの後、加藤清正が造ったお城が、熊本城です。
「武者返し」など、立派で高度な石垣が特筆するべき特徴です。
この石垣は、朝鮮の役の際に、加藤清正が連れ帰った朝鮮の石垣職人に作らせたとも言われています。
また、畳の素材に、芋のツルを使用したとも言われ、籠城時には茹で戻して食料にする目的だったとも言われています。
優美さがあるにも関わらず、実戦を想定して作られたことがわかります。
そうした、実戦を想定した作りになったのは、加藤清正が、豊臣秀頼を守る目的があったとも推測されています。

感情的になって石田三成を倒す手伝いをしてしまった加藤清正。
いざ、石田三成を倒してみると、天下人になった徳川家康を止める手立てがなくなってしまった。
そう気付いた時の加藤清正の心情はどんなものだったのでしょう?

加藤清正と並び評される福島正則は、広島を改易で失うと、川中島へ島流しされます。
豊臣秀頼を守るために堅牢な熊本城を築いた加藤清正は、徳川家康に毒殺されたとも言われています。

そして、熊本城で戦をすることなく、豊臣家は徳川家康に滅亡させられてしまいます。

しかし、熊本城の真価は、幕府滅亡の後、築城から270年余りの歳月を経て発揮されることになります。

政府軍が籠る熊本城を、西郷隆盛が攻めたのです。
それが、西南戦争です。
日本で最後の、攻城戦/籠城戦です。

政府軍は、熊本城を守りきり、西郷隆盛は自刃。
しかし、戦いの最中、熊本城の多くの建物は焼失してしまいます。

現在では、天守等に続き、壮麗な本丸御殿が再建され、往時の素晴らしさを、取り戻しつつあります。


熊本城02.JPG加藤清正像


熊本城03.JPG


熊本城04.JPGほぼ垂直に近い、スゴイ石垣Σ(゚Д゚)


熊本城05.JPG石垣の合間の向こうに見える天守。


熊本城06.JPG


熊本城07.JPG


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熊本城09.JPG


熊本城10.JPG


熊本馬刺【熊本馬刺しドットコム】


熊本城11.JPG櫓の下にこんな針があったら、間違っても登れません(><。)


熊本城12.JPG大天守の窓から見下ろす。


熊本城13.JPGすごい迫力の石垣。


熊本城14.JPG


熊本城15.JPG高さばかりではない。すごく長い石垣。ここまで長い石垣は、他で見た記憶がありません。


熊本城16.JPG


熊本城17.JPG


熊本城18.JPG


熊本城19.JPG御殿へ。


熊本城20.JPG御殿を再建しているお城が増えていますが、襖絵をここまで再現しているお城はそうありません!


熊本城21.JPG天井絵までもスゴイ!


【入城料】
大人500円
小中学生200円



【開館時間】
3月〜11月 8時30分〜18時
12月〜2月 8時30分〜17時
※休園日 12月29日〜31日



【関連人物】
加藤清正
西郷隆盛



【名物】
馬刺し
辛子蓮根
いきなりだんご
あゆのすがたずし



【祭り】
お城まつり(毎年・春と秋)



【周辺情報】
旧細川刑部邸
夏目漱石内坪井旧居
水前寺成趣園
田原坂公園
菊池渓谷
白川水源
阿蘇山
人吉城
人吉SL



【交通】
JR熊本駅から市電で、熊本駅前電停〜熊本城・市役所前電停下車。

JR熊本駅からバスで、熊本駅前バス停〜交通センター下車。

JR熊本駅から熊本城周遊バス「しろめぐりん」で。

熊本空港から空港リムジンバスで、熊本空港バス停〜交通センター下車。

九州自動車道・益城熊本空港ICを出て、県道36号線を西へ。
そのまま進み、出水一丁目信号を右折し(北西方面へ)市電が通る県道28号線に入る。
そのまま約3キロ進む。



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熊本馬刺【熊本馬刺しドットコム】



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posted by 三度笠 at 09:29| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

黒田長政が家康の命と引き換えに造り上げた福岡城を旅する 福岡県県福岡市

福岡城01.JPG


タイトルは、随分ぶっ飛ばしてしまいました(笑)
福岡城が造られたのは、関ヶ原戦で上げた功により、黒田長政が現在の福岡に領地を得てからです。
黒田長政が、関ヶ原の戦勝報告に父・黒田如水を尋ねた際、戦功をたたえ長政の手を握った家康。その時、長政は、反対側の手をどうしていたかと尋ね、「何故、(もう片方の手で家康を)刺さなかった」と詰問したというエピソードから、このタイトルを付けました。

福岡城から近い博多の地は、古くから貿易港として栄えた町でしたが、戦国時代には、廃れていました。
豊臣秀吉が九州征伐を行うと、博多の街を、秀吉の指示の下、黒田官兵衛(如水)が復興に着手。
更に、黒田長政が、転封されると、黒田家の発祥の地の地名をとって、福岡城周辺を「福岡」と命名します。

従来からあった博多の地は、商人の街となり、福岡と名づけられた地は、武家の街となりました。

現在の福岡城は、多くの建物が失われていますが、天守台、多聞櫓、祈念櫓、伝潮見櫓、下之橋御門、母里太兵衛邸長屋門、名島門、御鷹屋敷跡・井戸が残っています。
また、本丸表御門は、黒田家菩提寺・崇福寺の山門として移築されています。


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福岡城10.JPG祈念櫓。


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福岡城16.JPG天守台(右)


福岡城17.JPG大天守の跡。


福岡城18.JPG天守台から福岡の街を望む。


福岡城19.JPG天守台(左)。


福岡城20.JPG鉄御門跡


福岡城21.JPG


福岡城22.JPG


福岡城23.JPG


福岡城24旧母里太兵衛長屋門跡.JPG旧母里太兵衛長屋門跡。


福岡城25桐木坂御門跡.JPG桐木坂御門跡。



【入城料】
なし



【開城時間】
9:00〜17:00



【関連人物】
黒田長政
黒田官兵衛(孝高・如水)



【名物】
博多ラーメン
もつ鍋



【祭り】
博多どんたく(5月上旬)
博多祇園山笠(7月1日)



【周辺情報】
舞鶴公園(隣接)
福岡城むかし探訪館
櫛田神社
博多天神
中洲(屋台)
福岡ドーム
太宰府天満宮
小倉城
門司港



【交通】
地下鉄「赤坂」、「大濠公園」から、徒歩約8分
西鉄バス「平和台・鴻臚館前」「大手門」「城内美術館東口」から、徒歩約5~8分

福岡年高速環状線・天神北出入り口を出て、昭和通に入り西へ。
平和台通信号を左折し南下。明治通りに入りすぐ。


[ここに地図が表示されます]



posted by 三度笠 at 22:46| Comment(0) | お城記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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